思い込みと決めつけ
子供との関わりを見ていて大変もったいないなと思うことがあります。
もったいないというのは頑張りのエネルギーを使う方向が違っている場合がまず大きなものです。
僕の主著に『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』(PHP文庫)がありますが、そもそもこれが頑張りの方向をより良い方にする提案でした。
多くの方が感じているように、日本の子育ては叱ってばっかり、注意してばっかりになりがちです。
その状態になると、しばしばすぐイライラして怒ってしまう自分がダメなのだと自分を責める方へ行ってしまいます。
さらに怒ったり叱っては良くないと思いつつも、そうせざるをえなくなり後悔の念にとらわれてしまう状況となります。
これのほとんどは個々人の関わりや人間性が悪いわけではなく、日本における「当たり前」がそうさせてしまう構造を持っているからです。
その構造とは、正しいこと、子供のあるべき姿の理想像を先に置き、そこに子供を当てはめようとする子育て、そうならない時に子供の姿や行動を否定するような形になっていることです。
いわゆる「しつけ」はまさにそれで、このパターンにはまってしまえばたいていの子供に、叱ったり、怒ったり、注意したり、制止したりの連続となることは避けられません。
さらにここには、子供への低い決めつけが発生しがちです。
・子供は大変
・子供は言うことを聞かないもの
・子供は何度言ってもわからないもの
・子供は逸脱するもの
・男の子は大変
・女の子なのに大変(女の子は手がかからないという決めつけの逆)
大人の方がこうした思い込みや決めつけを持って関わると、そうでなくとも子供はだんだんとその大人の思い込みや決めつけの姿になってしまいます。
ここに2つ目のもったいない方向性の関わりが生まれてしまいます。
こんなケースがありました。
年長さんくらいの男の子とその母親が買い物の帰り道なのでしょうか、二人であるいていました。
