児童文学にみる家庭の本質

「おうちが一番。おうちが一番」(There's no place like home)
保育士おとーちゃん 2026.08.26
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先日「青い鳥」の舞台劇を見てきました。

チルチルとミチルが幸せの青い鳥を探して旅をするというあの有名なおはなしですね。

物語にはいくつかの雛形(ひながた:元になるパターン)があって、それを踏まえていると読み手もすんなりと受け止め引き込まれ、そうそうはずすことがありません。

例えば、勧善懲悪(かんぜんちょうあく:善の側が悪をこらしめるもの)の物語。

貴種流離譚(きしゅりゅうりたん:本来は身分の高い人や特別な能力を持った人が市井にまぎれこんでいるもの)。

成長・出世・成功物語。

反抗・反骨の物語。

すれ違う恋人たちの物語などなど。

児童文学におけるそれはなんといっても「行きて帰りし物語」です。

これは『指輪物語』(ホビットが冒険するあの映画でも有名なあれです)を書いたトルーキンがそう名付けました。

◆帰ること

そういわれると実に多くの児童文学が、子供たちが外の世界に行って冒険をしてくるけれども最終的には家に戻ってくるというかたちになっていることがわかります。

「オズの魔法使い」「ピーターパン」「ナルニア国物語」「はてしない物語」「エルマーの冒険」……。(リード文の「おうちが一番」はオズの魔法使いの主人公ドロシーの言葉)

「青い鳥」はまさにそれそのものを描いています。

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