子育ての「入れ子」の問題をどうにかする
僕はあまり子育てを「難しい」とは言いたくないと思っています。
みながそう言ってしまうと、子育てが怖くなってしまったり、不安が大きくなってかえってうまくいかなくなる人がでてきてしまうからです。
しかし、逆に「簡単だ」というと今度は自身の子育てがしんどい人が、「自分はダメなのだ」と自責してしまったり、自分が責められているという心情になって攻撃的になってしまう人もいます。
これは子育てを語ることのジレンマです。
それを踏まえたうえで子育てについて考えてみます。
子育ての核になる部分というのはそうそう難しくありません。
すべきこととすべきでないことはわかっています。
しかし、それは誰もがわかっているわけでもなければ、誰にもできるわけでもありません。
また、大人も子供も個々人に違うのでそのさじ加減は変わっても来ます。
さらに現実には病気や特性、障がいなどとても簡単とは言えない問題に直面することもあります。
そしてもっとも難しいのが、子育てする側の大人もまた人間であることです。
ここに子育ての「入れ子の問題」があります。
まず「入れ子」とはなんでしょうか。
入れ物の中に入れ物が入っている状態を指します。
わかりやすいところでは、ロシアのマトリョーシカ人形です。
大きな人形の中にちょっと小さい人形が入っていて、さらにそれを開けるとまた小さい人形が入っているあれですね。