学びの原動力

勉強の前にあるもの。メタ学問(Meta-discipline)
保育士おとーちゃん 2026.04.15
読者限定

先日、雨の日に道を歩いていたら、ちょうど小学生の下校時間でした。

おそらく2年生くらいの子が3人ほど向こうから歩いてきて、「あ、水たまりだ」とうれしそうにそこにわざわざ踏み込んでいます。

ここにあるのはまさに「子供にはあるけど大人にはないもの」ですね。

大人は水たまりを見ても、それが楽しいものとか面白さを与えてくれるものという風には連想しません。

しかし、子供にはそれが見えています。

また別のある日買い物に行く途中で小学校の横の道を通ります。

サクラが咲き始めており、そこにメジロがその花の蜜をついばみに来ています。

メジロはきれいなうぐいす色の羽に目の周りが白いのが特徴ですが、とても小さいので普段はいてもあまり見つけられません。

花の蜜を吸うときはさかんにピョンピョンと枝から枝に跳ね回るのでそのときは見つけやすいです。

そのときもちょうど下校の時間になったみたいで一年生が出てきました。

僕がずっと桜の木を見上げているのが気になったのか一人の男の子が横に止まって木を見上げるとメジロを見つけたみたいです。

その子が周りの同級生にメジロがいるのを教えてあげると、あとから来た子も並んで見始めました。

動物もそうですが子供の時はとても好奇心が強いです。

そうして世界を知ろうとしているのでしょう。

しかし、年齢があがっていくといつのまにかそうした感覚は鈍くなってしまうようです。

これらのものは子供(人間)自身が素で持っている能力です。
いわば原始的で一義的な能力と言えるでしょう。

ここを使わないのは大変もったいないですよね。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、1107文字あります。

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
訓練という誤解 ‐謝る行為を考える‐
サポートメンバー限定
思い込みと決めつけ
読者限定
「気づかい」って本当にいいことなの?
サポートメンバー限定
子育ての「入れ子」の問題をどうにかする
読者限定
児童文学にみる家庭の本質
サポートメンバー限定
日本人はなぜ人権が嫌いか?
サポートメンバー限定
教育界のちょっとした激震について
サポートメンバー限定
教育虐待のリスクと自立のはなし