無意識のバイアス
読書の秋ということで以前から気になっていた本を読みました。
無意識のバイアス――人はなぜ人種差別をするのか(明石書店)
【著者略歴】
ジェニファー・エバーハート
スタンフォード大学心理学部教授。全米科学アカデミー、米国芸術科学アカデミーに選出され、フォーリン・ポリシーの「世界をリードする100人の思想家」の一人に選出。人種問題の研究における世界の第一人者の一人として知られる。
近頃いろんなところで「無意識のバイアス」(アンコンシャスバイアスunconscious bias)という言葉を耳にするようになりました。
それを提起した一冊がまさにこの本です。
みなさんも世界的に広がったBLM(Black Lives Matter:ブラック・ライヴズ・マター)は記憶にあるかと思います。
ことの発端は、アメリカで警察官により無実の黒人の射殺や暴行・逮捕があいついだことでした。
こうしたことが起こると、差別意識を持った人が意図的にしているのだろうと考えたくなってしまいますが、必ずしもそうではないというのが本書の主張するところです。
むしろ一部の目に見える、つまり意識的な差別は氷山の一角というやつで、その下に見えない、つまり無意識の差別(バイアス:偏見)=「悪意のない差別」が大きく隠れているので、そこから考えなければ見える部分の差別も解消しようがないというわけです。
◆子育てにおける無意識のバイアス
あらためて自分が子育て・保育の中で考えてきたことを振り返ってみると、僕が取り組んできたことが、子育てにおける、あるいは子供に対する無意識のバイアスを解消しようとしてきたことだったと気づかされました。
このメルマガの中ですら、何回も「善意や悪意に関係なく」、「無意識に」「良くも悪くも子供を低く見る」といった言葉が使われていたと思います。
私たちは無意識に子供を、できないもの、弱いもの、判断力のないものなどと認識してしまっています。
それがバイアス(偏見)となり、不適切な関わりをしてしまうことがあります。
このことが難しいのは、偏見と正常な判断の境目が簡単には見えないことです。
というのも、子供が「できない、弱い、判断力がない」というのはときに事実でもあるからです。
できないこと、できないときがあるからこそ、そこはには大人が助けや手伝い、あるいは代わりにしてあげなければならない場合があります。
しかし、大人はしばしば、子供をできないと決めつけて、子供自身ができることや、少し時間をかければとりくむことも、代わりにやってしまったり、あるいは命令して「やらせて」しまいます。
これは過干渉、あるいは支配、コントロールです。
